ハード・ロハス

スロウライフ・スピードスタイル

至高のエヴァンフェリスタ喫煙法

喫煙習慣(ニコチン中毒症)が病気として認定される方向に日本も動きだしたそうだ。つまり禁煙治療に健康保険が適用される。世界的にはすでに認定されている国もめずらしくないという。偶然にも、このところ煙草はベランダで吸うようにしはじめていたので、自然と本数が減っていた。きっかけは単に夜の海と星を見ながら吸う煙草が最高にうまいから。でもやっぱり面倒くさいし寒いので、室内禁煙というルールを課すことにした。うまい煙草を吸うのも苦労がいる。
 僕はおおよそヘヴィスモーカーに属すると思うが、病気とか中毒とか言われるぐらいに煙草はやめられないものかなといつも疑問に思う。断煙はチャレンジ精神を刺激される。おもしろそうだし、達成したら満足度も高そうだ。だがやってみないのは、単にやめたいと思ったことがないからである。オートバイでいい景色に出会ってふと路肩に停まったときなど、煙草を吸わないとしたら、深呼吸しながら背伸びでもするんだろうか? 遠泳をおえたあとや、厳しい登坂のあと峠で吸う煙草のうまさと達成感は切ってもきれない。こんなとき、煙草がなければテノール歌手みたいに喜びの歌でも歌うんだろうか?
 煙草をやめればタイムが縮まるんじゃないかとかよく言われるが、タイムを縮めるためにやっているわけじゃなくて、うまい煙草を吸うためにやっているんだから逆である。それぐらい煙草は達成感と深く結びついてしまっている。
 手元の煙草を見ると、肺ガンの可能性を高めます、とか、心筋梗塞の可能性が非喫煙者の1.4倍とパッケージに書いてある。
 けっきょく煙草を吸わなくても肺ガンにも心筋梗塞にもなるし、吸ってもなるという意味だ。煙草を一生我慢して肺ガンになったらさぞかし痛恨であろう。
 しかし、最近かなり衝撃的なデータに出会った。煙草の煙が軟骨にひどくダメージを与えるというのである。ラットの実験で軟骨の細胞がぼろぼろに乱れている映像をみて、ぐらっときた。
 チャリの登坂では膝と腰を強靱にする一方で、かなりの負担もかかる。やり方によっては破壊する。チャリに限らず、膝と腰は人生後半を愉快にやるための貴重な資本である。膝と腰を強靱にし達成感を味わうための煙草が、同時に致命的なダメージを与えているとしたらやりきれない。確率の問題である肺ガンとか脳梗塞と違って、破壊が進む膝と腰は切実なリアリティーがあった。
 また、喫煙は脳内ホルモンのテストステロンの分泌を抑えるデータもあった。ただでさえ年をとると男はテストステロンが減少する。オスとしての野性から男性精力にまで決定的なアクセルであるテストステロンもまた人生後半の資本である。
 断煙も真剣に考えたが、やはり煙草の素晴らしさを手放すわけにもいかない。天秤のかけ方が難しい。そこで断煙よりもはるかに難易度は高いが、エヴァンフェリスタ喫煙法にチャレンジしてみることにした。
 フィリッピン出身の茶屋女アイリーンの洗礼名を冠したこの喫煙法は、僕の知るかぎりもっとも崇高なものである。
「いっちゃぁん、煙草くれる?」
「へええ、吸うんだ」
 今や非喫煙者の彼女が言うには、1年前まで1日2箱のヘヴィスモーカーだった。
「どうやってやめたの?」
「へえ? なんとなく」
「なんとなくやめれるもん?」
「吸いすぎて、なんかオイシクないなぁ思って」
 彼女は煙草をくわえたまま、指先だけで灰皿にぎゅっと押し付ける真似をした。
「それだけ?」
「うん。それだけ」
「吸いたくならない?」
「だからいま吸ってるじゃん」
 と言って、煙をふーっと吐きだした。
「今じゃなくて、ふだん」
「ああ、ふだんか。なんとなく吸わないねえ」
 ニコチンに支配されることなく、イライラで手をのばすわけでもなく、はたまた目を釣り上げて禁煙を宣言するわけでもなく、流れるようにしなやかな煙草との付き合い方ではないか。
 至高のエヴァンフェリスタ喫煙法。実現したいものである。