ハード・ロハス

スロウライフ・スピードスタイル

部屋にレーシングマシン

 深夜2時11分。

 いったいいつ終わるのかと思うと気の遠くなるような仕事に追われ、ふと気がつくとこんな時間だ。

 ときおり表の通りを水音とともにクルマが通り過ぎていく。いつの間にか雨が降りだしたらしい。

 もうずいぶんオートバイのツーリングにも行っていない。オートバイは実家の車庫に置いてあるので、こんなふうに長期間仕事に忙殺されていると、たまに見に行くさえもままならぬ。そのかわりというわけでもないのだが、部屋の中に7.5kgのレーシングマシンを置いて半年になる。レーシングマシンといっても、アパルトメントの2階の部屋に置けるのは、自転車だからである。

 照明を落したダイニングキッチンのカウンターで、熱いカッフェーをすすりながら、ライトアップしたレーシングマシンを眺めていると、かさかさした気持ちが次第にまるくなっていく。なぜ男は美しいメカを前にすると心がざわめくのだろう。

 カップを持ったまま、前や後ろと移動して自転車を眺めているうちに、無意識でレンチでサドルの角度を変えたり、ブレーキについた小さな汚れをウエスで拭いたりしている。ツールセットはいつでも取り出せるように自転車の横に置いてある。ひとつひとつそろえていったパークツールの工具。自転車工具の老舗ブランドのツールもまた、触っているだけで心が落ち着く。

 夢想の世界に入るのに時間はかからなかった。いつか自分の家を建てるようなことがあったら、DKLGWという独自の間取りの家をつくろう。ダイニング、キッチン、リビング、ガレージ、ワークスペースぜんぶを兼ねたワンフロアー。便所、洗濯機、風呂なんかは戸外でもいい。居住空間がそのまま仕事場であり、そして2機のレーシングオートバイとレーシングサイクルが展示されている。なんという至福。どんなにしんどい仕事でも、そんな場所だったら楽しくやっていけそうな気がする。キャスターつきの工具スタンドをあっちにこっちに動かして、気のむいたマシンに手をいれてやる。ネジの頭についたタールを拭きとってやったり、スクリーンをはずしてカウルとのあいだにはさまった小さなカラマツの落葉を助け出してやったり、そんなたわいもない無駄をまいにちくり返すのだ。あとは、ツールボックスの上に灰皿が一個あれば、何も文句はない。

 そうして、カッフェーに口をつけようとしたら、カップはすっかり冷えていた。さて、仕事にもどりますか。

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