ハード・ロハス

スロウライフ・スピードスタイル

ゴミの代表

 尻から血が出た。
 前夜、静岡の出張の帰りに小田原に立ち寄ってくれた友人と飲んだ。彼は痔の手術をしたばかりで、その快気祝い。ところが、ひさしぶりに人と酒を飲んでうかれてしまった私は、場末のキャバレエで、女の前で、彼の尻を笑った。
「わたしの尻を笑ったな」と、医者から酒を止められていた彼は言った。しらふで。
 尻を笑って尻に泣く。ひさびさの深酒がよくなかったのか、翌日は激しい嘔吐と下痢。尻から出血し、一日を棒に振った。
 夜遅くに仕事から帰宅したワイフが前夜のことについて、おかしなことを言った。
 そのときワイフはちょうど寝ようとしていたところだったが、電話のベルに起こされた。
 受話器から「いま、かえりまーす」という機嫌のいい夫の声とともに、玄関ががちゃがちゃと開き、クツも脱がずに入ってきたのは夫そのひとだった。
 土足で部屋に入ってきた夫にも彼女は動じることなく、きっと買ったばかりのオレンジ色のランニングシューズを見せたかったのだろうと思い、「新しいシューズ、いいねえ!」と指さした。
「そしたら、急に怒りだしたのよ」
 怒りだした? 怒れるシチュエーションなのか? もちろん記憶にない。
「ぼくが人生について考えているときに、きみはクツの話か、って」
 ぷりぷり怒りながらも、やっとクツを玄関に脱ぎに行ったかと思ったら、おもむろに笑顔をあげた夫はこう言った。
「ぼくはゴミの代表です」
 思わず、ゴミ? と訊きなおすと、
「きみは、いままでそんなことも知らなかったのか?」
 と、また怒りだし・・。
 へええ、ぜんぜん覚えてないんだぁとワイフはにやにやして言った。
「で、けっきょくゴミの代表ってなんなの?」
「知らない。そんなの聞いたこともない」
「明るく宣言してたよ」
 ゴミの代表・・オレンジのシューズで土足であがってきた男が、いきなり自分はゴミの代表だと言って怒りだす。なんという詩的な光景であろう。私はひさびさに恩寵を感じ、さわやかな気持ちにさえ満たされたのだった。
 それにしても。
「ほんとに、そう言ったの?」
「うん」
 36歳をしめくくるにふさわしい美しい話に恵まれた。まだまだ捨てたものではない。