ハード・ロハス

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かもめ図書館、善意の書棚

 かもめ図書館には、エントランスに小さな書棚がひとつある。
 ここには欠落のある古びた全集や、山岡荘八の歴史長編(これもやっぱり欠けていて不完全)、ちょっと手にとるのがためらわれるような黴くさい本が陳列されている。不要な本をここに置いておくと、ほしい人が持っていくという善意の書棚だ。が、実際は、少々愛着のある本を捨て切れない本好きのための不用品置き場になっている。
 ここに最近、わずかなあいだだけだが、話題の新刊やベストセラーが新品同様の状態で並ぶことがある。もちろん、すぐに誰かが思いもかけぬ僥倖に頬を紅潮させて持って行くから、知る人はきわめて限られている。なぜ僕がそのことを知っているかというと、置いているのが僕だからである。
 知らない誰かに小さなラッキー感を与えるというのは、罪のないささやかな楽しみのようにみえるが、一方で傲岸な気もしている。それは神のまねごとのようでもある。予約数が40人、50人にものぼるような人気の本を置くときは、ちょっとうしろめたいような不思議な気分になって、こそこそと隠れるような動作になってしまう。サンタクロースが煙突から入るのも、うしろめたいからかもしれない。
 ところが最近はだんだんと、良書やきれいな本が書棚に増えてきて驚いた。きっとラッキーな思いをした人が、次は自分もと思って、読み終えた良書を持ってくるようになったのかもしれない。
 東山魁偉の画集があって、思わず手にとった。持って帰ったのは、はじめてだった。