ハード・ロハス

スロウライフ・スピードスタイル

ショーユと向きあう一週間

 一週間前につかさんからショーユをもらった。
「れんが蔵しょうゆ」バイ・キッコマン。500mlで千円もする。


http://www.kikkoman-shop.com/season/renga.html


 そういえば昔、江戸川のサイクリングロードをよく走ってたころ、キッコーマンの工場が見えて、その敷地の中にれんが蔵や、お城みたいな白壁の蔵があった。白壁の方は、皇室に納めるショーユのための御用蔵だとか。
 そのショーユも高いが買うことは可能のようだ。
  ↓
http://www.kikkoman-shop.com/webshop70/commodity_param/ctc/+/shc/0/cmc/SG-05/backURL/http%28++www.kikkoman-shop.com+webshop70+main


 れんが蔵しょうゆの方は、季節限定発売の1年仕込み。毎年11月上旬の発売ということだから、そろそろか。


 さてこのショーユの素晴らしさについて、つかさんは延々と二時間語りつづけた。
 まずはつかさんの勧めに応じて、原料として相性のいい大豆系食材をショーユのソロ食い。


1、豆腐にショーユだけ
 いつもは近江生姜をおろしてネギといっしょに添えるのだが、まずは薬味なしのしょうゆだけを試した。
 白い豆腐にかけると、つるりと琥珀の飛沫が弾ける。同じキッコーマンの吟醸醤油だと、どろりと濁りがあるが、れんが蔵は見るからに透明感が高い。そして立ちのぼる香りの力強さ。そう、味もすべてが力強い。
 ともすると、ショーユが主役になろうとするきらいがある。ショーユの味を楽しもうとしてしまう。しかしこれはショーユ本来の役まわりではないはず。ショーユは裏方でなければならないのに、裏でおさまっていない。
 薬味を入れると、れんが蔵の主張が強すぎて、ケンカになる。
 ケンカにならぬようショーユの量を減らすと、薬味の風味にかき消され、ふつうのショーユと変わらなくなってしまう。


2、納豆にショーユだけ
 通常はネギやカラシなどの薬味を添えるが、まずはショーユだけ。
 豆腐以上に手ごたえを感じた。
 通常ならもの足りなさを感じるはずが、れんが蔵ならショーユだけでいける。
 しかしこれもやはり多めにショーユを注ぎ、ショーユの風味を楽しむという食べ方になってしまう。
 量を減らして脇役に徹してもらおうとしても、なかなかおさまってくれない。
 薬味を入れた結果は、豆腐に準ずる。


3、味噌汁にショーユ
 わが家では味噌汁の隠し味として、必ず塩とショーユを入れている。
 ここにれんが蔵を入れた。
 1、2の考察からも予想できるが、隠し味としておさまりきらず、ショーユ味が強くなりすぎ、家族には不評だった。


4、レバニラにショーユ
 レバニラには通常、ナンプラーで下味つけをするところを、れんが蔵をふんだんに使ってみた。
 レバーの臭みがみごとに打ち消され、少し焦げたショーユの香ばしさのマッチングは絶妙。
 れんが蔵の合わせ技としては、はじめて手応えを感じた。


5、たまごかけご飯
 かけた瞬間、ショーユが横に走った!
 生卵のてかてかした表面を、まるでアイスリンクで踊るスケーターのように、琥珀のショーユ玉がつるりんっと走るのである。
 一本気の強いれんがショーユは、簡単には他の素材と馴染まない。
 自分が主役であることを、あくまで強く主張する。
 しかし、ここはたまごかけご飯である。
 しっかりまぜまぜする。
 美しい。れんがショーユは色がほんとうに美しいのだ。
 味もぶつかっていない。見た目通りの美味さ。
 たまごかけにおいては、ショーユの味を遠慮することなく楽しんでいい。
 つい、何度も追加してしまい、いつしかショーユだくだく。
 体に悪いと思いながらも、やめられない。口に残る後味が麻薬のように尾を引いて、さらに追加のショーユを注がせる。


 このように、ご飯が楽しみになる、というより、ショーユを使うのが楽しみで、いつしかショーユ中心の生活リズムになっていく。
 ものごとの判断の基準が、あまねくショーユ中心で動くようになり、ほんとに麻薬的である。
 開栓後の二日間で500mlのじつに3分の1を消費。一週間あれば1本いってしまいそうだ、って、酒じゃあるまいし、でもほんとに飲んでしまいそうな勢い。つづきを見よう。


6、海鮮丼
 わさびとショーユがケンカする。
 刺身との一本勝負ならまだしも、複数のネタとご飯がもしゃもしゃにブレンドされる海鮮丼のような土俵では、れんがショーユは威力を発揮しない。量を増やせばひとり相撲、減らせば埋没(フツーのショーユと同じ)。
 わさびを入れずに、ショーユだけで、ささっとソバ通みたいに食べれば美味い。
 しかし、ある意味、違う食べ物になってしまう。ショーユが主役の座を譲ろうとしないのだ。


7、とり刺し
 鳥のササミをさっと湯通しして柚子胡椒で食うのが定番。娘はぽん酢で食う。
 ショーユで食ってもうまいが、必ずわさびか生姜を入れる。どちらもそれぞれいける。
 さて、れんがショーユ。
 ここまでの経緯でだいたい分かってきたが、やはりショーユ一本が正解。
 鳥刺しはやや匂いがあるので、ふつうならショーユ一本は苦しい。だが、れんがの芳醇な力強さは一本でこそ生きる。


8、プリン
 プリンにショーユを入れるとウニになるという有名な噂。
 これまで試してみる気にはならなかったが、れんがショーユを手にした今、やらずにおれようか。
 しかし結果はある程度、予想できた。
 ウニになるという気持ちは分かる。
 しかしれんがショーユはプリンの中に含まれる合成甘味料類を激しく糾弾してやまない。
 プリンの選択を間違った。
 自然素材系で、合成甘味料を使っていないプリンならばプリンでウニ丼も可能かもしれないが、それは次の課題である。


 一週間付き合ってみた。結論として、不純な物を暴き出し、容赦なく拒絶する強く通った一本気をもったショーユであるが、その厳しいまでの純潔がゆえに、ショーユ本来の脇役に甘んじることができず、主役を食ってしまう。また、他の脇役、特に薬味等とも相容れないところもあり、なかなか付き合いにくい。
 が、余計なものを入れずに、ショーユだけで(しかも、少し多めに、だくだくと)食べてみると、陳腐化した3パック100円納豆でも、ほんとうに豊かな食事へと変えてくれる力がある。
 とはいえ、ショーユの消費量が半端でない。しばらくは封印か。